大阪地方裁判所 昭和62年(ワ)12023号 判決 1988年12月22日
原告
国際電信電話株式会社
右代表者代表取締役
児島光雄
右訴訟代理人弁護士
奥中克治
亡辰巳幸平承継人
被告
辰巳英子
同
被告
辰巳秀司
同
被告
辰巳真里子
右三名訴訟代理人弁護士
栗原信
主文
一 被告辰巳英子は、原告に対し、金二〇万九二〇五円およびこれに対する昭和六〇年八月二七日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。
二 被告辰巳秀司および被告辰巳真里子は、原告に対し、それぞれ金一〇万四六〇二円およびこれに対する昭和六〇年八月二七日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。
三 訴訟費用は、被告らの負担とする。
四 この判決は、仮に執行することができる。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
主文と同旨。
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は、原告の負担とする。
第二 当事者の主張
一 原告の請求原因
1 原告は、電気通信事業法(以下、「法」ともいう。)九条一項所定の第一種電気通信事業者であり、同法および法三一条に基づく契約約款である国際電話サービス等営業規約(以下、「本件規約」という。)等に従い、国際間の電気通信事業を営む株式会社である。
2 辰巳幸平(以下、「幸平」という。)は、昭和六〇年当時、日本電信電話株式会社(以下「NTT」という。)が提供する電話サービスである〇六―三七五―三四一九および〇六―三七五―三四二〇の各加入電話(以下、これらを合わせて「本件加入電話」という。)の加入電話契約者であり、原告との間で右加入電話の設備を利用して原告の提供する電気通信サービスである国際電話の利用に関する契約(以下、「本件契約」ともいう。)を締結していた者である。
3 本件加入電話からは、昭和六〇年六月五日から同年七月七日までの間に、別紙通話明細表記載のとおり発信国際通話(以下、「本件通話」という。)が行われ、その通話料金(以下、「本件通話料金」という。)の合計額は、四一万八四一〇円である。なお、その弁済期は、右明細表記載のとおりである。
4 本件通話当時施行されていた本件規約六八条(以下の本件規約の条文は、いずれも当時の規約による。)は、加入電話設備からの発信により国際通話が行われたときに当該国際通話料金の支払義務を負うのは当該加入電話設備につき本件契約を締結した者(以下、「契約者」ともいう。)である旨規定している。
したがって、幸平は、原告に対して本件通話料金を支払う義務がある。
5 幸平は、昭和六二年一一月一八日に死亡し、妻である被告辰巳英子(相続分二分の一)ならびに子である被告辰巳秀司および同辰巳真里子(相続分四分の一)が幸平の権利義務を共同相続した。
6 よって、原告は、本件契約に基づき、被告辰巳英子に対し、本件通話料金の二分の一である二〇万九二〇五円およびこれに対する弁済期の後である昭和六〇年八月二七日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を、被告辰巳秀司および同辰巳真里子に対し、それぞれ本件通話料金の四分の一である一〇万四六〇二円(但し、円未満切り捨て)およびこれに対する右と同様の遅延損害金の支払をそれぞれ求める。
二 請求原因に対する被告らの認否および主張
1(一) 請求原因1および2の各事実は認める。
(二) 同3の事実は知らない。
(三) 同4前段の事実は認める。同後段の主張は争う。
(四) 同5の事実は認める。
2 本件加入電話は、一〇円硬貨を投入することによって通話が可能となる硬貨収納等信号送出機能を付加した端末設備を接続した電話(以下、「ピンク電話」という。)であり、設置者であるNTTは、通話用の鍵を施錠しておけば、一〇円硬貨を投入しなければ国内通話は不可能となり国際通話は一〇円硬貨を投入しても不可能である旨説明しており、右鍵の保管が完全であれば、第三者が契約者に無断で当該加入電話から国際通話を行うことは不可能とされている。そして、幸平は、通話用の鍵の保管を完全にしていた。
したがって、かりに本件通話が行われたとすれば、以下の通話方法によったとしか考えられない。
(一) 硬貨収納等信号送出機能が作動しているピンク電話に一〇円硬貨一個を投入し、国際通話を申し込むために〇〇五一番に発信して原告の国際通話取扱者(以下、「オペレーター」という。)を呼び出す。
(二) 右架電により電話は原告との間で接続され、オペレーターの声は受話器を通じて通話請求者に聞こえるが、送話器に向かって話す通話請求者の声はオペレーターに到達しないので、国際通話の申込みはできない。
(三) ところが、通話請求者が当該ピンク電話機の送話器と受話器とを逆にして受話器に向って話しかけると、通話請求者の声がオペレーターに到達するようになるので、大声で受信状態が悪いからよく聞こえない等の適当な説明をしたうえで、オペレーターに対し、通話請求者の指定する電話番号へ架電する(以下、「呼び返し」という。)よう要請し、通話請求をした当該ピンク電話の電話番号を伝えて電話を切る。その際、先に投入した一〇円硬貨は返却される。
(四) 通話請求者が電話を切って数秒後に、オペレーターから当該ピンク電話機へ電話がかかるので、通話請求者は、オペレーターに対し、対話者の番号を伝える。これによって、オペレーターはその相手方の電話番号に対し、通話を設定する。
(五) 右方法を用いれば、施錠されたピンク電話機からでも、発信国際通話が可能となる。
3(一) 本件規約六八条二項は過失責任を規定したものであって、第三者が契約者に無断で国際通話を行い、このことに関し、契約者に帰責事由がない場合や原告に帰責事由がある場合にまで契約者に国際通話料金の支払義務を負わせるものではない。
(二) これを本件についてみるのに、かりに本件通話が行われたとしても、それは、前記のとおり、きわめて特殊な通話方法によって行われたもので、幸平にとって予想できないものであった。また、幸平は、昭和六〇年当時、株式会社大商(以下、「大商」という。)の代表取締役として同社を経営しており、その賃借にかかる大阪市北区中崎西一丁目一番七所在のトーカンマンション東梅田の五階五〇三号室および六階六〇二号室(以下、右二室を「本件マンション」という。)に同社が招請した外国人モデルを居住させ、その連絡用等に本件加入電話にかかるピンク電話機を設置していたが、通話用の鍵の保管には万全を期し、ピンク電話機の不正使用の防止のために通常要求される注意義務を尽していた。
したがって、かりに本件通話をしたのが右外国人モデルであったとしても、幸平には本件通話が行われたことにつき、帰責事由がない。
(三) かえって、原告には、本件通話が行われたことにつき、次のとおり帰責事由がある。
(1) ピンク電話機自体の欠陥
前記のとおり、ピンク電話機は、施錠すると国際通話の申込みが不可能であると説明されているにもかかわらず、前記の方法によれば、国際通話は可能であった。このように、ピンク電話機には構造的な欠陥がある。
ところで、本件規約七条一項によると、加入電話契約者は特段の意思表示をしない限り、原告との間で利用契約を締結したものとみなされるが、原告は、電話機を設置したNTTと同様、電話機の通話機構、設備について精通し、しかも、ピンク電話機に右のような欠陥があることを知悉しながら、長年これを放置してきたうえ、原則的にはNTTと共通の電話機や設備を使用し、利用者がNTTと加入電話契約を締結するのと同時に本件契約の締結が擬制され、NTTを国際通話料金の受領機関としている。このように、原告とNTTとは密接な関係によるから、原告は、本件のようにNTTと共用する電話設備の欠陥に関しては、信義則上NTTと別個の法人であることを主張できず、被告らは、ピンク電話機の欠陥をもって原告に対し、本件通話料金の支払を拒絶することができる。
(2) 国際通話取扱手続上の欠陥
本件通話が行われたのは、右(1)のピンク電話機の構造上の欠陥のほか、前記のようにオペレーターが通話請求者の求めに無条件に応じ、何らの根拠もないのに、呼び返しをしたことにもよるものである。このようなオペレーターによる呼び返しは、国際通話を悪用しようとする者に対して利益を与えるだけで、何の合理性もなく、原告としては、通話が聞き取りにくい等の場合には、通話請求者にかけ直しを求めるべきであるにもかかわらず、これを行っていない。
したがって、原告の行う国際通話には、取扱手続上の欠陥が存する。
(四) よって、被告らは、本件規約六八条二項の規定によっても、本件通話料金を支払うべき義務がない。
三 被告らの主張に対する原告の認否および反論
1 被告らの主張2について
(一) 同冒頭部分のうち、本件加入電話がピンク電話であることならびに通話利用の鍵を施錠すると国内通話は一〇円硬貨を投入しなければ不可能であり、国際通話は一〇円硬貨を投入してもできないことは認め、その余の事実は否認する。
(二) 被告らの主張2(一)および(二)の各事実は認める。同(三)ないし(五)は争う。
(三) 本件通話が被告らの主張する方法により行われたかどうかは明らかではない。もっとも、一般論として、電話機の受話器内の振動板に対して外部から非常に大きな音圧を加えた場合に、当該音圧が受話器に傍受されることにより、受話器に向ってされた会話がオペレーターに伝わることはありうるから、場合によっては、オペレーターと通話請求者との間で通話が可能となることが推測される。そして、かりにオペレーターと通話請求者との間で通話が可能となれば、被告らの主張2(四)のとおり、発信国際通話が行われることはありうる。
2 被告らの主張3について
(一) 同(一)の主張は争う。
(二) 同(二)のうち、幸平が大商の代表取締役であったこと、大商が外国人モデルを本件マンションに居住させていたことおよび幸平が本件マンションに本件加入電話の電話機を設置したことは認め、その余は争う。
(三) 同(三)冒頭部分の主張は争う。同(1)のうち、本件規約七条一項にそのような規定があることは認め、その余は争う。同(2)のうち、オペレーターが通話請求者に対し、呼び返しを行う場合のあることは認め、その余の事実は否認する。
(四) 同(四)の主張は争う。
3 本件規約六八条二項は、国際電話利用契約者はその加入電話から行われた国際通話については、通話者、通話の種類、態様等を問わずすべて通話料金の支払義務を負う旨を規定したものであって、第三者が契約者に無断で国際通話を行った場合も、すべて当該契約者が料金支払義務を負う。そして、ピンク電話も加入電話の一種であることはいうまでもない。
本件規約六八条二項が、右のように一律に契約者を加入電話による国際通話料金の支払義務者としているのは、原告が各通話請求があるごとに実際の通話者を確認することを要求することは、そのつど煩瑣な手続を要し、電気通信サービスというきわめて公共性の強い役務を円滑に提供するという法の趣旨にも背馳することを考慮したことによるものであり、合理性がある。
他方、このように契約者を支払義務者と定めても、法三一条所定の契約約款としてNTTが利用者との間で締結する電話サービス契約約款(以下、「NTT約款」という。)によると、加入電話設備は、NTTに対する加入電話契約の申込者が指定する場所に設置されるものとされている(同五条)から、契約者は電話機を管理することが可能であり、また、第三者が当該加入電話を使用して国際通話を行った時には、契約者がその者に対して通話料を請求できるから、これによって契約者が不利益を受けるとはいえない。
したがって、被告らの右主張は理由がない。
4 幸平の帰責事由について
幸平は、本件マンションに居住させていた外国人モデルに対し、本件加入電話による国内通話とコレクトコールを除く着信国際通話を許諾していた。本件通話は、右外国人モデルが行ったものであり、信義則上幸平自身による国際通話とみられるから、かりに、本件通話が幸平に無断で行われたとしても、幸平が本件通話料金の支払義務を負うのは当然である。
のみならず、加入電話契約者は、NTTが設置した電話機を善良な管理者の注意をもって保管する義務があるが(NTT約款一四三条一項四号)、さらに、右契約者以外の利用が当然考えられるピンク電話の加入電話契約者は、電話機の監視や通話用の鍵の保管を確実にし、あるいは電話番号を秘密にしたり、国際電話サービス利用休止および本件契約不締結の諸制度を利用すれば、被告ら主張の方法によっても、加入電話契約者の意思に反する国際通話を防止できるところ、幸平は右の措置を取らずに前記のとおり外国人モデルに対し、本件加入電話による国内通話および着信国際通話を許容していたため、本件通話が行われたものである。したがって、幸平には、本件通話が行われるにつき、管理義務違反がある。
5 原告の帰責事由の不存在
(一) 電話機の構造は世界共通であるところ、かりに、本件通話が被告ら主張の方法によりなされたとしても、これは異常で特殊な方法であり、現行の電話機の構造上これを防止することはできないから、右通話方法が可能であったからといって、電話機自体に欠陥があるとはいえない。
のみならず、原告は、契約者に対し国際通話役務を提供する義務を負っているが(法三四条)、加入電話の端末設備の設置主体ではなく、端末設備の性能や維持、管理に関与できる余地はないから、契約者に対する端末設備の管理義務はない。したがって、この点からも被告らの右主張は理由がない。
(二) 原告は、加入電話から国際通話の請求があった場合には、電気通信事業者として、通話請求者の請求どおりの通話を接続し、後日正確に通話料金を請求するために、相手方の電話番号等の通話請求者の請求事項や当該加入電話の番号等料金請求に必要な事項を通話接続前に正確に把握する必要がある。そのため、オペレーターは、国際通話の請求の際に国内回線の状況不良である等の理由から前記の事項が明確にならない場合のうち、通話請求者の加入電話の番号すら聞き取れない場合には、通話請求者に対し、再度原告に対して架電するよう要請するが、右加入電話の番号は聞き取れ、その他の必要事項が不明確なときには、請求者が告知した加入電話を呼び返すことにしているほか、通話請求者が回線状態の不良のためオペレーターの声が聞こえないと訴え、呼び返しを依頼した場合も、これを行っている。もっとも、ピンク電話も他の加入電話も、番号体系上の差異はないため、オペレーターには、当該通話請求がいかなる電話機によってなされたものかの判別はできず、また、音量がきわめて小さい状態は、回線状態の不良等によっても発生するから、オペレーターが被告らの主張する方法による通話請求であるかどうかを判別することは不可能である。
原告の行っている呼び返しは、以上の理由に基づくもので合理性を有するから、これに国際通話取扱手続上の欠陥があるとする被告らの主張は、理由がない。
四 被告らの抗弁
1 公序良俗違反
かりに、本件規約六八条二項が、第三者が加入電話設備から国際通話を行ったことにつき、契約者に帰責事由がない場合や原告に帰責事由がある場合にまで契約者に通話料金の支払義務を負わせるものであるとすれば、右規約は、国際通信の独占者である原告がその優越的地位を利用して利用者に対し、著しい不利益を強いるものであるから、公序良俗に反し無効である。
2 信義則違反ないし権利濫用
かりに、幸平が本件通話料金の支払義務を負うとしても、前記のとおり、幸平には本件通話が行われるについて過失がなく、かえって、原告の責任領域の事項であるピンク電話機自体の構造および国際通話取扱手続上の欠陥が本件通話の原因となっていた。さらに、原告は、本件通話以外にも利用者に対し、しばしば誤った内容の通話料金請求を行っているにもかかわらず、利用者は請求の対象とされた通話内容を検討する機会を奪われている。したがって、このような原告が利用者である被告らに対して本件通話料金を請求することは、信義誠実の原則に違反し、あるいは権利濫用に該当し、許されない。
3 相殺
かりに、幸平が本件通話料金の支払義務を負うとしても、幸平は、前記のとおり原告の責任領域に属する欠陥のあるピンク電話機および国際通話の利用を強いられ、これにより原告が本件訴訟で請求する金額に相当する金額の支出を余儀なくされ、右同額の損害を被ったものであるから、幸平は、原告に対し、不法行為に基づく損害賠償請求権を有する。
幸平は、昭和六一年一一月一二日の本件口頭弁論期日において、原告に対し、右損害賠償請求権をもって、原告の本訴請求債権とその対当額において相殺する旨の意思表示をした。
五 抗弁に対する原告の認否
1 抗弁1は争う。
2 抗弁2の事実は否認し、原告の本訴請求が信義則違反ないし権利濫用に該当するとの主張は争う。
3 抗弁3前段の事実は否認する。
六 抗弁3に対する原告の再抗弁
本件規約七〇条は、原告が国際電話サービス等の提供にあたって、利用者に与えた損害については、賠償責任を負わない旨規定している。
したがって、かりに幸平が原告に対してその主張するような損害賠償請求権を有するとしても、原告は、右規定に基づき、賠償責任を負わない。
七 再抗弁に対する被告らの認否、主張および再々抗弁
1 再抗弁前段の事実は認め、同後段の主張は争う。
2 本件規約七〇条は、原告に故意または重過失がある場合にまで原告の免責を認める趣旨ではない。
3 被告らの再々抗弁
かりに、本件規約七〇条が原告に故意または重過失がある場合にも、原告の免責を認めるものであるならば、同条項は、原告が国際通信の独占者としての優越的地位を利用して利用者に対し、著しい不利益を強いるものであって、公序良俗に反し無効である。
八 再々抗弁に対する原告の認否および主張
1 再々抗弁の主張は争う。
2 国際電気通信事業については、国際電気通信条約(昭和五九年条約第八号)が国内法に優先するところ、同条約二一条は、国際電気通信連合の連合員は、電気通信の国際業務の利用者に対し、特に損害賠償の請求に関しては、いかなる責任も負わない旨規定し、損害賠償からの免責を規定している。本件規約七〇条は、右の条約規定に基づいて制定されたものである。したがって、右規定は、何ら公序良俗に反しない。
第三 証拠<省略>
理由
一請求原因1および2の各事実は、いずれも当事者間に争いがない。
二<証拠>を総合すると、次の事実が認められる。
1 大商は、外国人モデルの招聘および斡旋等を業とする株式会社であり、幸平は、昭和六〇年当時代表取締役として、同社の経営にあたっていた(幸平が大商の代表取締役であったことは、当事者間に争いがない。)。
2 大商は、昭和六〇年初め頃から同社の賃借にかかる本件マンションに同社が招聘した外国人モデルを居住させるようになった。そこで、幸平は、同年三月頃に右外国人モデル同士の連絡、大商からの業務連絡および外国人モデルの親元からの連絡等の用に供するために、NTTとの間で本件加入電話の加入電話契約を締結することにより、同時に原告と本件契約を締結し、〇六―三七五―三四一九の電話機は本件マンションの六〇二号室に、〇六―三七五―三四二〇の電話機は、同マンションの五〇三号室にそれぞれ設置された(大商が外国人モデルを本件マンションに居住させていたことおよび幸平が本件マンションに本件加入電話の電話機を設置したことは、いずれも当事者間に争いがない。)。
3 本件加入電話にかかるピンク電話は、NTTが開発し、その端末設備に硬貨収納等信号送出機能が付加された加入電話であり、NTT約款により、NTTと利用者が相互に維持管理責任を負っているものである(同一三三条、一三四条)。
4 大商および幸平は、本件マンショに居住する外国人モデルに対し、本件加入電話の番号を告知し、その際同電話が受信したコレクトコールによる国際通話および発信国際通話は禁じていたが、国内通話および本件加入電話が受信した国際通話は許諾していた。そして、本件加入電話にかかる国際通話料金の請求書は、直接大商に送付されていた。
5 本件加入電話からは、別紙通話明細表記載のとおり本件通話が行われた。本件通話は、本件マンションに居住する前記外国人モデルが行ったものであるが、誰が通話をしたのかは、必ずしも明らかではない。
6 幸平は昭和六二年一一月一八日に死亡し、現在その子である被告辰巳秀司が大商の代表取締役として、同社を経営している(幸平が昭和六二年一一月一八日に死亡したことおよび被告辰巳秀司が幸平の子であることは、いずれも当事者間に争いがない。)。
以上の各事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。なお、被告らは、本件通話は幸平に無断で被告らの主張2(一)ないし(五)記載の方法により行われたものである旨主張し、証人坂下精良の供述中には右主張に沿う部分がある。しかしながら、右坂下は、本件通話を直接目撃したわけではなく、右供述は伝聞に基づくものであるうえ、証人金森昭夫の証言および弁論の全趣旨によると、ピンク電話機は通話用の鍵を施錠すれば、一〇円硬貨を投入しても発信国際通話できないが、右鍵を鍵穴に差し込めば、他の電話機と同様に発信国際電話が可能であることが認められ、結局本件では本件通話が通話用の鍵またはその合鍵を使用して行われた可能性も否定できない。これらに照らすと、証人坂下の右供述はただちに採用することはできず、他に被告らの右主張を認めるに足りる証拠はない。
三そこで、被告らにおいて本件通話料金を支払う義務があるかどうかについて判断する。
1 原告が法所定の第一種電気通信事業者であることは、前記のとおり、当事者間に争いがないところ、法は、電気通信事業の公共性にかんがみ、その運営を適正かつ合理的なものとすることにより、電気通信役務の円滑な提供の確保と利用者の利益の保護を図ることを目的とし(法一条)、同法の適用を受ける第一種電気通信事業者に対し、種々の規制を加えているが、電気通信役務の提供条件に関しては、特に利用者の保護を図る等の観点から、法三一条二項各号が規定する事項に適合し、予め郵政大臣の認可を受けた契約約款以外の提供条件による電気通信役務の提供は原則としてできない旨規定し、契約内容の定型化を図っている(法三一条一ないし三項)。そして、<証拠>によると、いずれも右契約約款にあたる本件規約およびNTT約款では、NTTとの間で加入電話契約を締結した者は、特段の意思表示のない限り、原告との間で本件契約を締結したものとみなされる(本件規約七条、NTT約款一四〇条)ことならびに本件規約六八条一項では、加入電話設備から発信された国際通話の通話料金の支払義務は、右加入電話設備の契約者が負うとし、同条二項では、右契約者は契約者以外の者が当該加入電話設備により行った国際通話にかかる通話料についても原告に対して支払義務を負う旨規定していることがそれぞれ認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない(本件規約六八条の規定内容は、当事者間に争いがない。)。
2 電話機を媒体として情報を伝達する電気通信は、その簡便さを生かし、経済活動等の各分野において不可欠な地位を占めており、加入電話契約者だけに限定されない不特定多数の利用者により、反覆的、定型的に多数回にわたり使用されている。さらに、通信の伝達範囲も今や日本国内に止まらず、全世界に広く及んでいる。したがって、電気通信事業者の役務の提供に関する法三一条所定の契約約款についても、こうした電気通信の国際性、公共性等から高度の画一性、定型性が要求されるものである。これは、役務の提供に対する対価の意味を持つ通話料の徴収についても基本的に該当するものであり、徴収の対象者を一義的に確定することにより、徴収事務に要する経費を最小限に押え、低廉な料金で役務を提供できるようにすることは、前述した電気通信の公共性にも適合するものである。本件規約六八条は、こうした見地から、国際通話の通話料の支払義務者を規定したものと認められるから、その規定内容は、その文言どおりに解釈すべきである。
かりに、契約者以外の者による国際通話を認めつつ、現実に当該国際通話を行った者を通話料金の支払義務者とするならば、原告は、通話請求のつど個別的に実際の通話者を確定し、あるいは事後に調査したうえで、右通話者から通話料金を徴収しなければならなくなるが、こうした事務を行うことは技術上非常に困難であり、また、かりにこれを行いうるとしても、そのためには多大の煩瑣な事務が必要となり、こうした事務に要する経費の増大が電気通信の役務の提供に対する対価である通話料に反映されることは明らかである。また、通話者の立場からみても、通話請求のつどこうした煩瑣な手続を要求されることは、電気通信の簡便性、迅速性を大きく阻害するのみならず、こうした確認手続の方法いかんによっては、通話者ないし対話者のプライバシーを侵害するおそれも否定できない。こうした手続を要求することが電気通信の公共性を減殺することは明らかであるから、前記のような取扱は、到底是認できない。
これに対し、前記のように一律に国際電話利用契約者を支払義務者と定めても、<証拠>によると、加入電話の電話機の設置場所は、NTT約款により国際電話利用契約者でもある加入電話契約者の指定する場所に限定されている(NTT約款五条)ことが認められるが、これによれば、契約者は当然に当該電話機の支配ないし管理が可能な状況にあるから、かりに他人が国際通話をすれば、その者から通話料に相当する金額を請求することが可能である。そして、これを本件についてみても、前記認定のとおり、本件通話は、幸平がその経営する大商の招聘した外国人モデルの連絡用のために本件マンションに設置し、一定の場合にはその使用を許諾していた加入電話設備から、右外国人モデルによって行われたものであるから、その通話自体が幸平ないし大商に無断で行われたものであっても、幸平の支配可能な領域下で発生したもので、幸平の姿勢、努力いかんでは通話者を特定し、その者から通話料に相当する金額を請求することも可能であった。したがって、本件規約を右のように解しても、幸平も含め、国際電話利用契約者に対し、法の趣旨を没却するような著しい不利益を負担させるものではない。
3 そうすると、加入電話設備により契約者以外の者が行ったすべての国際通話について国際通話の種別、態様ないし右国際通話が行われるについての契約者の承諾、帰責事由や原告の帰責事由等の有無を問わず、これを契約者の負担とする本件規約六八条二項の規定は合理性を有する。
4 なお、被告らは、本件規約六八条二項は過失責任を規定したものであり、原則として当該加入電話設備の国際電話利用契約者を国際通話の料金支払義務者としながらも、国際通話が行われるにつき契約者に帰責事由がない場合や原告に帰責事由がある場合には契約者に右国際通話の料金支払義務を負わせない趣旨と解すべきところ、本件では幸平に帰責事由はなく、かえって原告に帰責事由があるから、被告らは、本件通話料金の支払義務がない旨主張する。しかしながら、右条項をそのように解すべきではないことは前記のとおりであるから、被告らの右主張は、その余の点について判断するまでもなく、採用できない。
5 <証拠>によると、本件通話料金の明細およびその弁済期がいずれも別紙通話明細表記載のとおりであることが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。そして、請求原因5の事実は、当事者間に争いがない。
四抗弁について
そこで、被告らの抗弁について判断する。
1 抗弁1(公序良俗違反)について
被告らは、前記のように解される本件規約六八条二項は、国際通信の独占者である原告がその優越的地位を利用して、利用者に対して著しい不利益を強いるものであるから、公序良俗に反し無効である旨主張し、原告が現在国際通信を独占していることは、弁論の全趣旨により、これを認めることができる。
しかしながら、右条項が郵政大臣の認可を得た契約約款であり、その内容も法の目的に合致した合理的なものであることは前記のとおりである。したがって、以上の諸点に照らすと、原告の前記独占的地位を考慮しても、右条項が公序良俗に反し、無効であるとは到底解することができない。
したがって、被告らの右主張は、採用できない。
2 抗弁2(信義則違反ないし権利濫用)について
被告らは、原告が本件において被告らに対して本件通話料金の支払を請求することが信義則違反ないし権利の濫用に該当する旨主張するので、以下判断する。
(一) 被告らは、本件通話は被告らの主張2(一)ないし(五)の方法により、幸平に無断で行われたものであるところ、こうした方法による通話が行えたのはピンク電話機の構造上の欠陥によるもので、これは原告の責任領域の事項であるから、原告の本件通話料金の請求は信義則違反ないし権利の濫用であり、許されない旨主張する。しかしながら、本件通話が右の方法で行われたものと認めるに足りないことは前記のとおりであるから、被告らの右主張は、この点においてすでに理由がない。
また、ピンク電話も含め、通信設備である電話機は、通信の確実性を図るためにその性能について一定の技術水準が要求されることはいうまでもないが、その反面、前述した電気通信事業の国際性、経済性等からくる技術的制約を免れることができない。これを本件についてみるのに、かりに、本件通話が被告らの主張する方法で行われたとしても、右の通話方法は国際通話料金を不正に免れる目的でなされた特殊で異常な方法であることは明らかであり、また、本件全証拠によっても、ピンク電話を含む加入電話につき電気通信事業者または契約者の合理的な経済的負担の下で右のような方法による国際通話を完全に防止できるように電話機を改良することが技術上可能であるとは認められない。そうすると、かりに本件通話が被告らの主張する方法により行われたとしても、これをもってただちにピンク電話機の構造に欠陥があるとはいえない。
なお、前記のとおり、NTTの加入電話契約者は、NTTと加入電話契約を締結した際に特段の意思表示がない限り原告との間で本件契約を締結したものとみなされ、原告とNTTとが原則として共通の設備を利用することが想定されているうえ、弁論の全趣旨によると、NTTが原告に対する国際通話料金の受領機関の一つであることが認められる。しかしながら、NTTと原告とはあくまでもその事業目的を異にする別個の法人であり、右の事情を考慮しても、いまだ両者が経済的、実質的に同一であるとは認められないから、両者を法律上同視することはできない。そして、ピンク電話はNTTが独自に開発したものであり、その維持管理責任は、設置者であるNTTと加入電話契約者との間で発生することは前記のとおりであるところ、本件全証拠によっても、原告が電話機の設置管理について関与し、あるいは契約者に対し、右電話機の設置および維持、管理の義務を負う旨の法令ないし契約約款はない。したがって、原告は、被告らの主張するようなピンク電話機の構造上の欠陥があったとしても、それにつき何ら責任を負うべきものではないから、被告らの主張は、この点においても理由がない。
(二) 被告らは、被告ら主張の方法によって本件通話が行われたのは、オペレーターが通話が聞き取りにくい場合には通話請求者にかけ直しを求めるべきであるのに、無条件に呼び返しに応じたことによるものであって、国際通話の取扱手続上の欠陥があるから、原告の本件通話料金の請求は、信義則違反ないし権利の濫用であり、許されない旨主張する。しかしながら、本件通話が右の方法で行われたものと認めるに足りないことは前記のとおりであるから、被告らの右主張は、この点においてすでに理由がない。
また、原告は加入電話設備から国際通話の申込みがあった場合には、法三四条に基づき通話請求者の請求どおりの電気通信役務を提供しなければならないうえ、後日正確に国際電話料金を契約者に請求するために対話者の番号等の通話請求者の請求事項や加入電話の番号等の料金請求上必要な事項を正確に把握する必要があることから、通話接続前にこれらの事項を正確に確認することが義務づけられていることならびに本件全証拠によっても、通話請求者の声の音量が小さく聞き取りにくい場合に、オペレーターがその原因が回線の不良によるものか被告ら主張の方法によるものかを判別する方法を認めることができないことを考え合わせると、オペレーターによる呼び返しには合理性があるから、これをもって国際通話取扱手続上の欠陥であるということはできない。したがって、被告らの前記主張は、採用できない。
(三) 被告らは、原告は本件通話以外にも契約者に対し、しばしば誤った内容の国際通話料金の請求をしているにもかかわらず、契約者は通話内容を検討する機会を奪われているから、原告の本件通話料金の請求は信義則違反ないし権利の濫用であり、許されない旨主張する。そして、<証拠>によると、原告は、被告訴訟代理人の昭和六二年一二月分の国際通話料金を当初一五九七円として請求したが、その後請求額を一三四七円、さらにその後これを一二四七円とそれぞれ訂正していることが認められる。
しかしながら、本件全証拠によっても、右訂正が行われた経緯ないし事情は明らかではないから、これをもって原告の過誤と即断することはできない。また、かりに右の事例が原告の過誤であったとしても、このことから直ちに原告の通話料請求にしばしば過誤があり、本件通話料金の請求も過誤であると即断することはできない。
さらに、<証拠>によると、原告は、内部資料のみに基づいて通話料金を決定し、通話の日、通話先の国名、通話時間および通話料金を記載した通話明細書を添付した請求書を契約者に送付して通話料金を請求する方法を採用していることが認められるが、国際通話役務の提供条件は郵政大臣の認可を受けた本件規約に基づき、機械的に定められるものであって原告の恣意が許される余地はなく、原告の右通話料金請求方法は、日々膨大な量の国際通話が行われている現状において、通話料金の請求および徴収事務を円滑に遂行する観点から合理性がある。他方、契約者は、通話料金を請求された後に右通話明細表の記載に基づいて通話内容を検討し、かりに請求内容に誤りがあれば原告に対し、当該部分を具体的に指示して料金の訂正を求めることが可能である。
そうすると、原告の前記通話料金の請求方法は、契約者に著しい不利益を負担させるものではないから、被告らの右主張は理由がない。
(四) 以上のとおり、原告の本件請求が信義則違反ないし権利濫用に該当するとの被告らの抗弁はいずれも採用できず、その他本件全証拠によっても本件請求につき信義則違反ないし権利濫用を肯認すべき事情は認められない。したがって、被告らの前記主張は理由がない。
3 抗弁3(相殺)について
被告らは、かりに幸平に本件通話料金の支払義務が発生するとしても、幸平は原告の責任領域に属する欠陥のあるピンク電話機および国際通話の利用を強いられ、これにより原告が本件訴訟で請求する金額に相当する金額の支出を余儀なくされ、右同額の損害を被ったものであるから、原告に対して不法行為に基づく損害賠償請求権を有し、これを自働債権として原告の本訴請求金額と対当額で相殺する旨主張する。しかしながら、ピンク電話機および原告による国際通話取扱手続に何ら欠陥のないことならびに原告の本件通話料金の請求が適法な金銭債権の行使であって、何ら信義則違反ないし権利濫用の認められないことは前記のとおりであるから、幸平が原告に対して本件通話料金の支払義務を負うことが原告の不法行為に基づく損害とはいえないことは明らかである。そうすると、幸平の原告に対する損害賠償請求権の存在を前提とする被告らの右主張は、その余の点につき判断するまでもなく、理由がない。
4 以上のとおり、被告らの抗弁は、いずれも理由がない。そうすると、幸平の共同相続人に対し、各相続分に応じた本件通話料金およびこれに対する弁済期の後である昭和六〇年八月二七日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める原告の本件請求は、いずれも理由がある。
五結論
よって、原告の本件請求を認容することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条一項本文、仮執行宣言につき同法一九六条一項にそれぞれ従い、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官川口冨男 裁判官田中敦 裁判官黒野功久)
別表
通話明細表
電話番号 06-375-3419の通話明細
昭和60年7月請求分
請求年月日 昭和60年7月10日
支払期日 昭和60年7月25日
通話年月日
通話対地
分数
通話料金(円)
60.6.5
スイス
3
2,250
60.6.6
〃
3
2,250
60.6.6
アメリカ
17
10,710
60.6.7
〃
12
7,560
60.6.7
〃
23
14,490
60.6.8
〃
3
1,890
60.6.8
〃
19
11,970
60.6.8
〃
39
24,570
60.6.9
〃
3
1,890
60.6.9
〃
4
2,520
60.6.9
〃
31
19,530
60.6.10
〃
19
11,970
60.6.13
〃
30
18,900
60.6.13
〃
10
6,300
60.6.13
〃
3
1,890
60.6.13
〃
32
20,160
60.6.15
〃
14
8,820
60.6.15
〃
22
13,860
60.6.16
〃
35
22,050
60.6.17
〃
31
19,530
60.6.18
〃
47
29,610
60.6.18
〃
8
5,040
60.6.20
〃
9
5,670
60.6.24
〃
14
8,820
60.6.24
〃
32
20,160
60.6.28
〃
4
2,520
60.6.28
〃
3
1,890
60.6.28
〃
26
16,380
60.6.30
〃
11
6,930
昭和60年8月請求分
請求年月日 昭和60年8月10日
支払期日 昭和60年8月25日
通話年月日
通話対地
分数
通話料金(円)
60.7.1
アメリカ
16
10,080
60.7.2
〃
51
32,130
60.7.2
〃
31
19,530
60.7.3
〃
12
7,560
60.7.3
〃
25
15,750
60.7.7
〃
18
11,340
電話番号 06-375-3420の通話明細
昭和60年8月請求分
請求年月日 昭和60年8月10日
支払期日 昭和60年8月25日
通話年月日
通話対地
分数
通話料金(円)
60.7.4
アメリカ
3
1,890